第7章 ウェスト・ロンディアの鐘

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  さく、さくと、老兵が歩む。眼光に僅かな憐れみと、その何千倍もの冷徹な殺意が込められる。何故、そんな目で自分を見るのか。まるでケントの全てを否定するような眼光に、頭の奥で何かが切れるのを感じた。 「もう、楽になるが良い」 「あああぁぁっ!!!!」 意識が何十倍にも加速した。無造作に振られた白刃が首筋を目掛けて鋭い一閃を描く。まるで深海の水圧に抗うような全身の重みを無理矢理振り払い、ありったけの力で大剣を握り締め、サーベルの腹を打ち払った。 キィ……ン!! 鋭い金属音と共に、血が跳ねた。 ケントの首筋から、赤い筋が垂れる。大剣はサーベルの剣先を掠め、軌道のずれた白刃は僅かに、頸動脈までは届かなかった。 すぐさま跳び退って、大剣を正眼に構える。浅い呼吸が肺を焼き、頭を真っ白にした。まだ生きている現実が信じられなかった。ケントは今、間違いなく死んでいた。幾多の強力な魔法を切り払い、数えきれない数の銃弾を掠めて来たブラッド・ラビットが、たったひと振りの、それも魔力さえ纏っていないサーベルの一閃で、確かに死んでいたのだ。 目の前のこの老兵は、一体何者なのか。これほどの腕を持つ者が、何故、今になってジェネシスに荷担するのか。 「まだ抗うか。哀れな……」 再び、老兵が歩み出した。ケントはぐっと奥歯を噛みしめ、月の大剣を下段に回した。威力を重視した大振りを武器とする大剣にとって、どの方向にも振り回せる攻撃的な構えである。 (こんな、戦いに意味を持たないような刃に……!!) むざむざと殺られてなるものか。アンズの柔らかな笑顔が脳裏を過る。 (そうだ……) アンズはきっと、この老兵を見て怒るだろう。そして、こう言うに違いない。 「あなたみたいな人の、そんな空虚な刃に、この街の人達は殺させない……!!」 ふわりと腹の底が暖まり、体が軽くなった。どういうわけか口元が緩む。独りで戦っている気がしないのだ。老兵がぴたりと歩みを止め、険しい顔つきとなって、初めてサーベルを構えた。リィン、と、耳を裂くような高音が鳴る。老兵が、レベル1を発動したのだ。 そのままじっと、睨み合う。勝負は、一瞬。互いにそれはわかっているのだ。後ろに控えるジェネシス兵達も、遥か高みのこの戦いを固唾を飲んで見守っている。  
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