君の一縷 

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  菊川さんのお墓に手を合わせるためだった。 事件以来、思い出すのも怖くてできなかった。それがこうしてお墓参りできるまでになったのだ。 不思議な気持ちだった。 私はやっと、7年前に止まってしまった、自分の人生を歩き始める。 「何て声かけたん?」 帰り道、さっきまで隣で手を合わせていた中辻君が尋ねた。 「内緒。」 「え~? めっちゃ気になるやん。」 もうすべてを手中におさめたはずの中辻君が拗ねたように言うので笑ってしまった。 ふっと、胸があたたかくなる。  今日、寄り道した古都には強い風がふいて、少し気の早い春の訪れを告げていた。            Fin.
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