君の一縷 

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父の原点。ずっと閉鎖していた実験室は埃の匂いがした。 「……父が、よくここを貸したわね。」 「昨日正直に言って頼んだ。」 「……あなたの娘の体を傷物にしましたって?」 一つ一つ暗幕を開けていた中辻君の手が止まって、驚いたように私を見た。 嫌な女。 自分でもそう思ったけれど、あの時、初めてでも分かった彼の手際の良さまでが今は妬ましくて、言わずにいられなかった。 それでも彼は、そんなこと気にしていないかのように、何かの準備にとりかかった。 私の目の前のテーブルに、材料が並んでいく。 返事は相当の時間差でやってきた。 「あぐりを口説く時間をください。って。おじさんには快諾いただきました。」 笑顔で顔をのぞきこまれた。 「……あきれた。私だけじゃなくて、父までふりまわすつもりなの?」 こみ上げてきたのは、間違いなく憤りだった。 「……はぁ。何すねてんの?」 中辻君はため息をつきながら、乱暴に頭をかいた。
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