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衝動的にたたんでおいた洋服に手を差し入れて携帯を取り出そうとして、それが指先に触れた瞬間――止めた。
だって、美穂には頼れない。
慌ただしく下着を脱いで仕切られているお風呂の中に飛び込む。密室独特のひんやりとした空気が、すっかり冷えてしまった身体に馴染んでいく。
シャワーを一気に出して、化粧が落ちることも髪が濡れることも気にせずに、正面から滝のようなお湯を浴びた。
「……禊(みそぎ)みたい」
身体にある穢(けが)れを、罪を、洗い清める神聖な行為。水じゃなくてお湯だけど。
ゆっくりと深く、息を吸う。身体の芯にまで空気を送り込むように。ゆっくり、呼吸をする。
あの人――康司さんを、ちょっと歳の離れた恋人だと思えばいい。なんてことない。セックスなんて、誰としても同じなんだから。
今私は、扉の前にいる。未知の世界に繋がる扉の前に。やっと掴んだノブをそう簡単に離すほど、私はバカじゃない。
そうだ。だから……ここで逃げ出すことなんて出来やしない。
それからしばらく、私は気が済むまで温かい雫を浴び続けた。不安も一緒に排水坑へ流れていくことを願いながら。
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