大樹の場合 1

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 由加が言いたい事は分かる。  良く分かる。  けど、もし本当にあの子が俺達を探しているのなら、裏を返せばまだ俺達の場所を掴めていないと言う事になる。  こんなに近くに居ても気付かないんだ。  俺達も気付かない振りをすれば──つまり周りの連中と同じように振る舞えば、向こうもこちらに気付かないんじゃないだろうか……?  吟味。  うん、可能性は高いとみた。  試す価値はあるんじゃないか? 「……ごめん、大樹」  しかし、光明らしき物が見えたのも束の間。  気が付けば、由加の顔が引きつっていた。  しかも、俺の顔を見ていない。  視線はウィンドゥの外を向いている。  釣られて俺も外に視線を向けてみる。  ……あ。  ばっちり目が合ってしまった。  赤と黒を纏ったあの子に。  向こうもこちらに気付いたようだった。  厳密に言えば、先に視線が合った由加に。  それは、俺達があの子に反応してしまった事を、如実に物語ってしまっていた。  目は口ほどに物を言う。  沈黙は金なり。  次の瞬間、俺は本当に久しぶりに何も考えず、反射的に行動していた。  時は金なり、とか何とか。  席を立ち、由加の手を取り、そして思い切り走り出す。  店員にぶつかりそうになりながら、一気に出口を目指す。  ワンテンポ遅れて開いた自動ドアの隙間に、するりと滑り込む。  自分でも驚くくらいの早業だった。  わずか数秒。  そして、外。 「ちょ、ちょっと大樹!?」 「うわぁ、食い逃げしちまった……やばいよなぁ!?」  本当は大問題だけれど、今はそれどころではなかった。  とにかく足は止めない。  とにかくあの場所から離れたい、ただその一心で足を動かした。  きっとそれは正解。  あのままぼーっとしていたら、間違いなく赤髪のあの子に捕まっていた。  捕まって──捕まって、それから? 「大樹! 手、離して! 走りにくいよ!」 「わりぃ!」  慌てて手を離す俺。  実は、由加は俺より足が速かったりする。  伊達に陸上部で鍛えてる訳じゃないって事だ。  理系の俺とは違う。  ……むしろ、俺の方が足手まといかもしれない。image=256102511.jpg
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