由加(ユカ)の場合

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 吐き気を堪えるだけで精一杯の私とは対照的に、彼は平然と言い放つ。  仕事に熱心なのか、ズボラなのか、イマイチよく分からない人(?)だった。  が、言っている事に矛盾は無い。  確かにリピテルと赤髪の子は、私の本で好き放題暴れていた。  彼は本が壊れたら破棄するだけで、本を壊す活動には本当に口出しする気が無いらしい。 「本に潜るなら、白紙の栞を君にも一枚あげよう。一冊につき一人一枚、ドールだろうと“幕を下ろすもの(カーテナー)”だろうと、毎回平等に支給するよ。紛失しても、一度だけなら再発行も許可するよ。対価は、いつか“君の物語を完結させる”という事で」  言いながら、司書さんは銀色の栞をポケットから取り出す。  しかし彼が人指し指で栞を撫でると、錆びが落ちるみたいにポロポロと銀色の薄膜が剥がれ落ち、しかしそれは床へ落ちる前に溶けるように消えていった。  残った真っ白の栞を受け取り、私は白い天使に思いを馳せる。  なんでも栞追加ルールのせいで、リピテルは大樹に酷い目に合わされたらしい。  胡椒と涙と鼻水まみれの彼からはあまり詳しく話を聞けなかったけど、そんな事を言っていた気がする。  サリジェと会う、少し前の事だ。  あの激痛と腫れは、当分は収まらないだろう。  大樹、敵には本当に容赦ないよね。 「じゃ、潜る本が決まったらまた来ますね」  そう言って、踵(キビス)を返す私。  目的は出来た。  手段も得た。  後は念入りな下調べと、入念な策作り。  あの大樹をハメるとなると、かなり巧妙にやらなきゃいけないはずである。  決意を固めた私の瞳には、図書館に広がる暗闇すらも希望の光に見え── 「あ、もう一つ良いかな?」 「はい何れひょうっ!?」  完全に司書さん様に頭が上がらない私だった。  台詞を噛んでまで返事を怠らない律儀な自分に、称賛の拍手を贈りたい。  彼をシカトなんて出来ようか、いや出来ようはずがないっ!  私、弱っ! 「彼氏君から伝言を預かってる事、すっかり忘れていたよ」  絶対にわざとだった。  わざと私が脱力するタイミングを狙って、ほくそ笑んでいるだけだ。  サディストめ。
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