由加(ユカ)の場合

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 敵だと宣言し、今でも彼の命を奪う事に迷いが無いというのに、そんな私を大樹は気にかけているというのだ。  それを分からせる為、彼はあえて自分で本には手を出さず、私に任せたのだ。  なら、私はもう与えられた目的の為だけに徘徊する亡者ではない。  自らが生きた証を守る為に戦う、生きた人間だ。  たとえ、この身が何者かによって創作された一介の登場人物であろうとも。  たとえ、この身が亡霊の集合体に過ぎずとも。  生きた人間だから、加賀由加の意思で前へ進むのだ。 「司書さん様」 「何かな?」  彼は間髪入れずに返事を寄越してくる。  私が言いたい事は、とっくに分かっているのだろう。  それでも彼は、私に言葉を促した。  操り人形でないならば自分の意志で決めてみろ、そう言われた気がした。 「他のドールの居場所を教えてください。サリジェの誘いを断った直後で申し訳ないんだけど、事情が変わりました」 「良いよ、彼等に協力するのかな?」 「はい。たとえ他の本を滅ぼす事になってでも、やり遂げなきゃいけない事が出来ましたから」 「その結果、君と同じ境遇の者が増えたとしても?」 「その結果、私と同じ境遇の者が増えたとしても」 「その結果、君を呪い恨む者達が現れたとしても?」 「その結果、私を呪い恨む者達が現れたとしても」  自戒を込めて司書さん様の言葉を繰り返し、心にしっかりと刻み込む。 “良い人”や“普通の人”を演じるのは、もうおしまい。  私は、私と私の本を救う為に、その手段を探すのだ。  その為にはより多くの本へ入り、より多くの情報を集める必要があり、そうなれば仲間の助けが必要になるだろう。 「あまり当館の本を荒らさないで欲しいんだけどねえ……強制はしないけど。それから?」 「大樹にありがとう、って伝えてください。司書さん様を通せば、伝言は有りなんですよね?」 「うん、賜った。それから?」  一瞬、次の質問をするべきか悩み、言い淀む。  しかしこれは、聞かなくては前に進めない大事な事だ……その答えが、たとえ自分の望まない内容であろうとも。  私は意を決して、司書さんを正面から見据えた。
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