由加(ユカ)の場合

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「司書さん様は私の本、最後まで読みました?」 「まあね。詳細までは教えてあげられないけれど、気になるかい?」 「……はい」  全身に緊張が走り抜ける。  もしもリピテルが現れなかったら、私──いや、加賀由加はどうなっていたのだろうか。  嘘で誤魔化しはしたけれど、大樹か陸上か、どちらかを選ばざるを得なかったのだ。  どちらも加賀由加にとっては、掛け替えのない大切な物だったのに。  どちらを選んで、ハッピーエンドとなったのか。  どちらを選んで、ハッピーエンドを逃したのか。  どちらかを選んで、バッドエンドとなったのか。  どちらも選べずに、バッドエンドを迎えたのか。  いずれにしても、加賀由加は涙した事だろう。  けれど、私は聞かずにはいられなかった。  あの世界こそが、加賀由加という人間の全てだったのだから。  しかし、司書さん様から返ってきた答えは、やや意外な物だった。 「“いずれでもない”結末だったねえ。僕はああいった妥協的な展開は大嫌いだけれど、君にとっては悪くない結末だったかも。それから?」  途端に安堵の息が漏れるのを感じる自分が居た。 “いずれでもない”という言い回しが気になりはしたけれど、加賀由加は不幸にはならなかったのだ。  それが分かっただけでも十分だった。  大丈夫。  きっといつか、大樹は私を理解してくれる……そう信じられる。  だって、加賀由加と蒼井大樹を中心に据えた恋愛小説の結末は、私にとっては悪くないものだったのだから。  ならば出来る事はやっておかないとね。  一呼吸おいて、私は本題を切り出す。  これは大樹がくれた最後の策。  司書さん様の言う通り、その場しのぎの時間稼ぎである。  が、今を乗り切る手段としては悪くない。  今を逃して未来は無い──だから私は、こう言い放った。 「その本、私が借ります!」 「あまりにぼろぼろなので出来れば拒否したい所だけど、お客さんの強い要望とあらば仕方が無いねえ。大切にね?」  ではまず、貸し出しカードを作ろうか。  そう言ってぼろぼろの本を私に手渡した司書さん様は、例の汚れた鞄を小脇に抱え込んだ。image=259694873.jpg
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