大樹の場合 1

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「別にいいの、偶然でも!」  振り返らずに、由加が言う。  まあ確かに経過はどうあれ、俺が彼女を見つけ出した事には変わりなく、俺の安っぽい嘘はとうに見破られているに違いなかった。  そう言えば、その後からだっけな。  由加が頻繁に嘘を吐くようになったのは。  …………。 「大樹、次はどっち?」 「右だ! 道は細くなるけど分岐が多いから撒きやすいはずだ!」  何度目かの分岐路を目の前に、前方から投げられた問いかけに即答する。  あの子はまだ追ってきているようだ。  振り返らずとも、足音で分かる。  足音で── 「いい加減……止まりなさいっ!」  足音は、すぐ後ろまでやって来ていた。  冗談だろ?  俺は結構本気で走ってるつもりだし、由加は現役で陸上──それも長距離ランナーをやってるんだ。  しかも、この迷宮じみた細道を把握しているのは俺だけだ。  体格的にも、体力的にも、土地勘的にも、赤髪が追いつける道理が全く無い。  絶対に不可能なはずなのに! 「くそっ、どうなって──おわっ!?」  振り返った時に、足がもつれて転倒してしまう俺。  ヤバい、と思う間もなくあっさりと赤髪に追い付かれてしまった。  少女は俺の前に回り込み、そのまま足を止める。  その表情は、声ほどには怒りに染まってはいないようだ。  こちらの異変に気付き、少し離れた所で由加も足を止める。 「ひろ──」 「由加、先に行け!」  間抜けな体勢でひっくり返ったまま、駆け寄って来ようとする由加に制止を呼びかけた。 「でも!」 「俺は平気だから! 早くっ!」  決して平気だとは思わない──この少女はどこか得体が知れない気がするから。  それでも二人揃って捕まるような真似だけは、絶対に避けたかった。  が、由加は進退窮まっているようで、足を止めた位置から動こうとしない。 「何故──」  立ちはだかる少女の口が言葉を吐き出す。  凛とした高い声。  責めるような声。  やはりあの声だ。  喫茶店で聞いた、呼び声と同じ。 「何故逃げるのですか!? もう時間はあまり残されていないと言うのに!」  俺の胸ぐらを掴み上げる少女。  思わず、うげ、声を漏らしてしまい、それが由加を引き留めてしまった。  情けねーったらありゃしない。
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