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「話を戻すっす。味の方はどうだったんすか?」
苦笑いの叶に対し、ルフは焦らすように一呼吸置いてみせた。
大なり小なり興味を含む視線を向けられながら彼が吐いた言葉は、しかし──
「不味かったな」
彼らの期待を裏切ってというか、むしろ予想通りというか、それはあまりにも当たり前な物だった。
「はあ?」と、パーカーの少年が声を漏らしたのも無理は無い。
「もうね、酷いのなんのって。釣り上げれば凄まじい悪臭が漂うし、手で掴めばヘドロみたいな黒い汁を吹き出すし、一口かじれば苦くて酸っぱい味が舌を焼くし、食感はブヨブヨしてて気持ちが悪いし……あまりの不味さに死ぬかと思ったさ」
「死にかけたのは食中毒でだけどな。しかも、それを今は平気で食ってるし」
少年の指摘はもっともだったが、叶本人だけはルフの答えを少しは予想していたのか、相変わらずの愛想笑いを浮かべるばかりだった。
ヘドゥオの毒を抜き、美味しい料理へと生まれ変わらせたのは、他でもない叶である。
調理前のヘドゥオを味見こそしようとは思わなかったが、その悪臭や毒液と戦った彼は、彼の答え予想できるのは当然の事。
だから、ルフは迷わずこう答えるのだった。
「当然。俺は信じてるからな」
「ほお」
「叶の料理の腕を」
「俺っち自身を信用してるわけじゃないんすね」
「叶は俺を信じられるか?」
「食い逃げの常習犯を信用する店員はいないっす」
「なら、お互い様って事で」
ルフの言い分は滅茶苦茶なのだった。
とりあえず、胸を張って自慢げに語れる事ではない。
「ってお前、食い逃げ……」
突っ込みを入れるのは、やはりパーカーの少年。
彼の相棒であろう赤髪の少女は、相変わらず仏頂面で沈黙したまま、完全に空気と化していた。
険しい視線は少年にだけ向けられている事と、興味の無いものに対して淡白なルフの性格が相まって、黙ったまま微動だにしない少女の事などまるで意に介さない。
彼は堂々と少年の突っ込みに答えるのだった。
「俺は財布を持ち歩かない主義なんだよ」
「ルフは自分で食材を調理しないっすから、たまにこうやって市場にも滅多に出回らない珍しい食材を見つけたら、うちの店に持ってくるんすよ」
「信じてるからな、腕は」
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