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「でも」
「そんなに気になるなら、一度、辺りを哨戒してくるといいさ。何も無えって分かるついでに、気晴らしにもなる」
ルフ達には分からない話を持ち出す二人の視線が、テーブル越しに交差し火花を散らす。
結果、先に折れたのは今度はフィーの方だった。
「では、私はしばらく自由にさせて頂きます!」
それだけを言い残し、フィーは振り返りもしないで店を出て行った。
良いのかと問いかけるルフに、大樹はやれやれとジェスチャーで返す。
その隙に、叶は台車を店外にまで引きずっていった。
お客の帰りに合わせて支度を手伝うのは、店員の務めである。
「よし、決定。あれは俺達で仕留めてくるから、ちゃんと料理の準備を頼むぜ?」
愛用の帽子を目深に被ってルフは席を立ち、大樹もそれに倣う。
任されたっすと答えた叶は、深々と頭を下げて二人を見送った。
見送ったのは、叶だけだった。
「……待てい」
店を出ようと扉に手をかけた二人を呼び止めたのは、ドスの利いた重低音。
ルフは溜め息を吐き、同時に大樹は滝のような冷や汗を流す。
背後に猛獣が居る。
すぐにでも噛みついてきそうな肉食獣が、自分のすぐ後ろで唸り声をあげている。
そんな感覚が大樹を襲っていた。
自分達に向けられた、強烈な敵意。
それは、恐怖以外の何物でもない。
パニックで空転を始めた頭に喝を入れる為、大樹は呪文のように何かを呟き始めた。
「落ち着け、俺。冷静になれ、俺。整理、ここは店の中。吟味、メシ屋に猛獣なんて居るはずが無い。判断、この悪寒はきっと別の何かだ。結論、俺の勘違い──」
人間には、恐い物見たさという感覚がある。
未知なる物は恐ろしいが、正体を知ってしまえば知恵と技術で克服が可能である、という概念に基づくものだ。
その概念は本能に刻まれているが故に、普通は無視する事が出来ないものである。
だから、止めておけば良いのに、咄嗟に大樹が後ろを振り返ってしまった事は仕方のない事だった。
誰にも非は無い。
否、非はルフにあった。
「道具の代金はチャラにしてやろうと思ったが、タダ食いを許した覚えは無い。代金を払わずに何処へ行くつもりかね?」
大樹が見た物は、身の丈が二メートルを遥かに超える、ずんぐりとした体型の巨大な三毛猫だった。
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