千空の場合 2

12/14
前へ
/135ページ
次へ
 ──────────  気が付くと、“あたし”は荒野に浮かんでいた。  決して晴れる事の無い曇り空や、毒で濁った臭い大気からは、時間帯を推し量る事は出来ない。  体感的には、先程の食事処の一件からあまり時間が経っていないように感じるが。  菌類以外のあらゆる生物が死滅したこの地上は、決して抜ける事のない強力な毒に汚染されて、既に数百年の時が経っている。  そんな毒と静寂しか存在しない中を、驚くべき事に一つの影が風のような速さで駆け抜けて行った。  否。  影は人影。  体型が分かるほど肌に密着した薄手の衣装に、燃えるような赤い髪。  頭部を覆うガスマスクの所為で顔は判別こそ出来ないが、首、腰、両手首、両足首を髪と同色のベルトで固定したその姿は、パーカーの少年と一緒に居た少女に違い無いだろう。  一人で食事処を飛び出した彼女は、確か名をフィーと言ったか。  否?  そう、“駆け抜けて行った”というのは、いささか正確さに欠ける表現と言えよう。  彼女は飛行していた。  背に展開した六枚の白い板状の物は、翼のように見える。  それぞれが主翼や尾翼の役目を果たしているらしく、小まめに角度が調整され、動き続けていた。  地上すれすれの位置を飛んでいるのは、レーダー網に引っ掛からない為であろうが、それは意味の無い行為であった。  彼女は今まさに追撃を受けている所なのだ。  つまり、“一つの影が”という物言いも正確ではない事になる。  追跡者は四人──いや、一人と三機。  二輪の乗り物に跨がった人間と、あからさまに金属のボディをさらけ出した異形の飛行型機械人形達が、各々に赤い頭を追いかけているのだ。  機械達は彼女を目掛けて、あるいは彼女を追い込むように、たくみに発砲を繰り返している。  バイクに乗っている人間の方はといえば、攻撃を行いこそしないが、少しづつ彼女との距離を縮めていた。  こちらもガスマスクをしているので顔までは判別出来ないものの、上半身に何もまとわず、がっしりと筋肉で引き締まった体躯を晒す姿は、間違いなく成人男性のそれである。  フィーは後ろから襲い来る弾幕を、時には躱し、時には障害物を盾にし、時には翼の一枚を盾のように扱って弾き、辛うじてくぐり抜けていく。
/135ページ

最初のコメントを投稿しよう!

62人が本棚に入れています
本棚に追加