千空の場合 2

14/14
前へ
/135ページ
次へ
「やれやれ、同胞を斬るのは好きではないのだが……」  そう呟く男から、強烈な殺気が放たれる。  仮にこの場に野生の動物が居たならば、きっと一目散に逃げ出していただろう。  武の心得の無い者が居合わせたならば、あるいは気を失っていたかもしれない。  男の放つ気配は、それ程までに激しいものであった。  しかし、“あたし”は気がついていた。  少女の方にも、激しい気性の変化があった事に。  顔は見えずとも、簡単に読み取れる。  そこに見えたのは、深い深い怒りの感情だ。  少女は男を睨みつけ、呟く。 「私は、お前達“ドール”とは違う。大人しく出ていくつもりが無いのならば……」  少女の動きに合わせ、巨樹のあちこちから蠢く大きな影が現れた。  ギチギチと顎を鳴らすそれは、異形の虫達である。  甲虫のような姿のもの、百足や芋虫のような多足のもの、大きな翼を広げた昆虫のようなもの──その種類は実に多様である。 「ふん、樹は巣に過ぎなかったか。本命は樹に棲む虫共のようだな、面白い」  男が駆け出すのと、巨大な虫達が飛び出したのは、まさに同時の事。 「力ずくで追い出すまでです!」  真っ二つにされた巨大な虫の影から、紙片の一枚を大剣へと変化させた少女が飛び出す。  静寂を打ち破られたその場を、“あたし”はゆっくりと眺める事にした。  男の方はともかく、赤髪の少女の放つ憎悪の感情は、とても甘美である。 (……まだ足りないけれど)  口も発声器官も持たない“あたし”は、心の中でそう呟くのが精一杯であった。
/135ページ

最初のコメントを投稿しよう!

62人が本棚に入れています
本棚に追加