大樹の場合 1

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 多少は現実味のある俺の意見に由加が揺れかけたが、赤髪はすぐに遮りにかかった。 「勘違い、ね。どの辺りが?」  威圧的な態度にならないよう、座ったまま少女を見上げる。  相手の頭が自分より低ければ、彼女もそう無茶もすまい。  たまには折れてやる事も、年長者の務めだろう。 「全部ですよ。“この本”は一見した所だと物理則がかなり高く、制御則もそこそこあるようですが、幻想則が極端に低いようです。貴方達は私が引き起こした現象を理解出来ずに驚いて、咄嗟に逃げ出してしまった」  違いますか、と赤と黒の少女。  分っかんねー子だなあ。  少なくともさっき体験した事の中に、未知な部分は無いと言っても問題ないはずだと、俺が説明したばかりだろう。  大体、ゲンソウソクって何だ?  思わずそう漏らしてしまった俺に、赤髪は不愉快そうに眉を寄せた。 「本当に、それで納得出来ますか?」 「引っ掛かる言い方をするね」  俺が迂闊な事を言ってしまったと判断した由加が、咄嗟に合いの手を入れる。  さすがは由加、絶妙のタイミングだ。  うーん、俺の認識にどこか抜けてる所ってあっただろうか……? 「喫茶店を飛び出した時の事です」 「あー、お陰で俺達は食い逃げ犯になっちまったんだっけ。今から戻ってお金払ったら、騒ぎにしないでくれるかなー」  退学とか停学とか、なったりしないかな?  警察沙汰だけは勘弁して欲しい所である。  …………。 「……騒ぎ?」  自分の言葉に何か不穏な物を感じて、俺はその単語を反芻した。  騒ぎ。  食い逃げ。  店員。  客。  そう言えば、俺達が店を飛び出した時──「“誰も騒がなかった”ような……いや、店員が追い掛けて来すらしなかった?」 「え……あっ!?」  由加も思い当たったらしい。  白昼堂々、高校生二人組による無銭飲食。  店長も店員も客も、無反応を通すはずがない。  無反応。 「無反応? 反応出来ない……?」  あの“声”にだけじゃない。  俺達の食い逃げにすら、彼等は反応しなかったというのか?
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