大樹の場合 2

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「冗談じゃないぞ! 逃げるったって、どこに行けば良いんだよ!」  ゆっくりとあの場所から離れながら、俺は文句を垂れていた。  赤髪の少女の言に従い、俺達はありがたくあの場を後にさせて貰ったという訳だ。  遙か後方で雷が落ちたような轟音が響く。  発光は感じなかったので、再びあの羽矢が地面を穿った音と考えるべきだろうか。  それともあの子が何か大暴れして、それによって発生した音だったのだろうか。 「なーんてね。今日の夢は、いつもより少しだけ過激だってだけの話さ。目が覚めたら、きっと退屈な朝が待ってる」  強がってはみるものの、由加とぶつかった時にくじいた足の痛みは、これが夢ではないと休み無く語りかけてくる。  軽口なんて、現実逃避にすらならなかった。 「大樹、足は大丈夫?」 「由加に肩を借りなきゃ歩く事もままならない自分が、マジで情けないよ……」  こっちはただの人間なんだ、もう少し加減して貰いたかった。  欲を言えば、俺達に関わらないで欲しかった。  何も無い日常が、今は恋しくて仕方が無い。 「何が、悪かったんだろうな」 「…………」  独りごちてみるが、答えは返ってこない。  代わりに俺の足を気遣ってか、由加が歩みを止めた。  絶対とは言えないけれど、赤髪が見えないくらいには離れた位置。  多分、比較的安全な場所。 「別にさ、スリリングな毎日が欲しかった訳じゃないんだ。由加が居て、友達が居て、家族が居て、学校行ったり、遊びに行ったり、悪ふざけしたり、勉強したり──不満なんてあんまり無かったんだ」  幸せだったんだ。  きっと、文句を言いながらも楽しい毎日を送っていたんだ。  確かに辛い事も沢山あったけれど、それに負けないくらい楽しい事や嬉しい事もあったんだ。 「何でこんな事になっちゃったんだろうな……」  ふと周りを見れば、壁にも地面にもあの気味の悪い灰色の穴が開き始めている。  それは虫に食われるようにして、じわじわと広がってきているのだ。  このままだと、俺達も巻き込まれかねない。  巻き込まれたら、どうなるのだろうか。  ……この穴は駄目だ。  命の臭いがしない。  死の臭いすらしない。  それは言いようのない恐怖だった。
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