大樹の場合 2

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 それでも、俺は暴れだそうとする感情を必死に押さえ付け、奴に向かって投げつける。  力任せに。  暴力的に。 「屁理屈は置いておくにしても、だ。由加が最期に“死ぬな”って言った──俺が死んでやれない理由なんて、それで十分さ」  独りで歩けと言った。  歩いて進めと言った。  俺に頑張れと言った。 「だから俺は、たとえ駄目だったとしても安易に悪あがきを止めちゃいけねーのさ。悪いが他を当たってくれ」 「く──」  人形がうめく。  それは、俺の言い分があまり見当外れでは無い事を証明したも同然だった。  奴自身が、それを認めたに等しい。  そもそも、だ。 「……最期の頼みと約束くらい、聞いてやんねーといけないだろ、彼氏として」 「ひひ────いィひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひッ!!!」  耳をつんざくような、けたたましい笑い声が響く。  人形が壊れた瞬間だった。  それは関節が壊れた人形が発する、不快な雑音を連想させる。  いや、奴にとってはこちらが素なのかもしれない。  と言うか、その笑い方は天使失格だろ、と俺は内心突っ込みを入れた。 「ひひひひ、愉快だ痛快だ爽快だ! まさかあの切羽詰まった状況で、そこまで思い至る馬鹿が居るとは思わなかったぞ! いひひひ! 喜べ愚者よ、我が甘言に綻びを見いだしたのはお前が初めてだ!!」 「馬ぁ鹿、嘘が見え見えなんだよ。俺の彼女の方が、万倍嘘が上手え」  それも嘘だった。  由加の嘘は、見破り易い。  しかも、俺はこの腐れ天使に騙されかけた所である。  売り言葉に買い言葉。  嘘の大安売り大バーゲン超お買い得セール。  ただ、俺達の命を扱うには、少し安過ぎた──それだけだ。 「そうかそうか、ひひひ! しかしどうするかね? 我はお前の命を欲している。理由? 死に逝く者にとってはどうでも良かろう。くくく……お前は片足を負傷しており、我から逃れる術は無い」 「だよなあ。それどころか、由加は助けられないわ、あんたをブン殴っる事も出来ないわ、何もしなけりゃ虫食い穴に塗り潰されてジ・エンドだわ」image=423073628.jpg
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