大樹の場合 3

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 嘘に絶妙な割合で真実を混ぜる事によって、言葉には真実味という名の味を持たせられる。  厄介なことに、どうやらあの糞天使は感情に任せて好き放題やるだけの狂人ではないらしい。  周到な確信犯。  恐らく奴は、これまで何度も同じ手口で、色んな人達を死に追いやってきたのだろう。  己を愉悦で満たす、ただそれだけの為に。  その経験値の差を埋めるのは、きっと容易ではないに違いない。  俺は少しでも多くの情報を得て奴と対峙できるよう、赤髪の言葉を静かに待った。  そう、“やられっぱなしは気に入らない”。  この期に及んで反撃を画策している自分自身に、俺は少なからざる驚きを覚えていた。  俺は、奴と戦うつもりなのだろうか。  仮に何らかの手段を用いて奴を倒したとしても、おそらくは由加が帰ってくる訳ではないだろうし、世界の崩壊が止まるとも限らない。  なら、何の為に?  固く握った手に力が入り、じっとりと汗ばんでくる。 「栞(シオリ)──未使用の栞を見付る事が出来れば、図書館に逃げ込めます」  俺の問いに答える形で、赤髪はそう答えた。  混線し始めた考えを一旦止め、俺も彼女の話に合わせる。 「栞? それってあの、本に挟む奴か?」  この際、図書館は置いておこう。  話の流れから、世界を食らう虫食い穴の影響を受けない場所を、便宜的にそう呼んでいるだけと推察ができるから。  それよりも、問題は栞。  未使用の栞、とやら。  俺はそちらについての情報を掘り下げてみる事にした。 「はい。これを見てください」  そう言って、赤髪は自分の左肩を俺に向ける。  そこには── 「何だこりゃ?」  彼女の左肩には、一般的な栞よりは少し大きめなものの、ごく普通な銀色の栞が留め具で固定してあった。  遠目に見た時は銀の肩当てかと思ったけど、まさかただの紙切れだったとは。  喫茶店に響いた俺と由加にしか聞こえなかった声に、自分で思っていたよりも動転してたという事だろう。  視力は割と自信があるのだけれど、見た物を正しく認識出来ていなかったらしい。
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