大樹の場合 3

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 概ね予想通りの答えが返ってきた。  土地勘が無いにも関わらず、俺と由加よりも速く走った脚力。  片手で俺の胸ぐらを掴み上げた腕力。  俺が気を失う前に、俺を抱えたまま糞天使の前から逃げ去った体力と敏捷性。  どれも簡単に出来る事ではないが、何らかの方法で身体機能を強化していたとするなら、一応、筋は通っていると言えなくもないのではないだろうか。  加えて言うなら、強化の栞程度では糞天使に勝てそうにないと判断したから、彼女は力のイメージを求めて俺と由加に接触を図ったのだろう、と想像がつく。  糞天使が現れるまで“時間が無い”にも拘わらず俺と由加が逃げ出してしまったから、こんな事になってしまったというのか──  痕跡を残さず消滅し、本人とは微妙に違う何かへと変貌してしまった由加の最期は、自業自得と言うにはあまりにも悲惨なものだったと言える。  そして、その魔の手は今なお俺に向かって伸びているに違いない。  俺達がまだ裏路地に潜伏している事には変わらない訳で、ここが糞天使の奴に見つかってしまうのも時間の問題と言えた。  さらに、この辺りもだいぶ灰色の穴が広がってきているのだ。  ぐずぐずしている暇は無いと判断し、胸の奥のむかつきを我慢しつつ、俺は情報収集を再開するのだった。 「他に、手持ちで使えそーな栞は?」 「今は何も。強化が三枚と、治癒を二枚、未使用を一枚持っていましたが、全て使ってしまいましたから」 「マジか……」  今となってはよく見るまでもないが、彼女の肩に束ねてある栞は複数枚が束ねて小さな金具に固定されている。  元は左右均等に三枚づつ分けてあったのだろうけど、一枚だけ使用中である為に厚さが違うように見えたのだ。  右肩に三枚、左肩に二枚。  そして、現在も使用中である最後の一枚以外は、もう使用する事が出来ないという。  絶望的な状況に頭痛がしてきそうだった。  内訳は?と問う俺に応え、赤髪は説明を続ける。 「強化は、拡声と、リピテルとの戦闘と、貴方を担いで逃げるのに一枚づつ。治癒は、貴方と私の怪我の治療に一枚づつ。未使用の物──白紙の栞には“皇樹の侵林”を書き込んでしまい、それも先程使ってしまいました」
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