大樹の場合 3

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 彼女の口ぶりからすれば、安定した力である強化の栞にも、時間制限があると思われる。  効果が切れれば、あの糞天使に対抗する為の力が全て失われてしまうのだ。  それでも俺への配慮を優先し、静かな沈黙を以て気遣いとする彼女を、俺は良い奴だと判断を下す事にした。  いいだろう。  俺は俺が生き延びる為に、この小柄な少女を信じよう。  たとえどんなに非現実的な現象が目の前で起きようと、いちいち屁理屈をつけて目を逸らしたりせず、決して慌てたりはせず、冷静な判断力を維持し続けてみせよう。  固く固く誓いを胸に刻み込み、俺は皮膚を突き破らんばかりに握りしめていた両手をほどくのだった。  これでも、頭の切り替えは早い方だと自負している。  嫌な事を忘れたり後回しにするのも得意な、ただの一般人だ。  だから、俺に出来るのは考える事だけ。  さあ、俺のターンをはじめよう! 「……待たせたな、作戦会議は続行だ」  いくぶん表情を和らげ、俺は再び赤髪を見据える。  彼女は少しだけ不安げな色を瞳に覗かせたが、特に追求はしてこなかった。  互いに良い信頼関係を築けそうだな、と俺は思った。 「さて、未使用の栞とやらが必要になるのが分かっていたなら、使ってしまわずに残しておくべきだったんだろうけど、糞天使と一戦交える事を見越して皇樹を書き込んだあんたの判断は、結果的には正しかった事になる」 「はい」  実際、俺はそのお陰で今こうして生き延びられている訳であり、俺には彼女の軽率さを責める資格なんて、無い。 「ここで一つ気になってた事があるんだけどさ。何故、最後の一枚に皇樹の情報を書き込んだんだ? あんた、自分でも言ってたじゃねーか。皇樹の情報は不安定だから、発動するかどーかも怪しかったって」  切り札は最後までとっておけなんて言うつもりは無いが、俺にはカードの切り時には早すぎた気がしてならないのだ。  最後の武器が不発に終われば、それこそ赤髪は強化の栞だけで戦わなくてはいけなくなる。  俺を助けた事は不可抗力であり、一か八かの賭けですらあり、少なくとも由加から皇樹の情報を読み取った時点では、それを書き込む必要性が無かったと言っていい。
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