大樹の場合 3

16/23
前へ
/135ページ
次へ
 消滅なんて恐くない──  何が彼女をそこまで追い詰めたのか、思い詰めさせたのか。  それは俺の与り知るところではなかったが、固い決心を秘めた赤い瞳が真剣にこちらを見つめていた。  睨みつけんばかりのそれには、明らかに憎悪が混じっている。  やはり私怨絡みだったかと感じた俺も、決心を固めるべきなのだろうと悟るのだった。 「……分った、決めたぜ」 「ありがとうございます。それでは、リピテルと青の魔宝についてですが──」 「待て待て、誰があの糞天使とやり合うなんて言ったよ。俺が決めたのは逃げ切る覚悟さ。三十六計逃げるにしかず、ってな。俺は絶対に生き延びてみせる。そしてあんたも死なせねー、絶対にな」  俺も負けじと、決意を込めた目で赤髪を見つめ返した。  俺は由加を奪った糞天使が憎い。  何もかもを修復不能に破壊し尽くしていった、あいつが憎い。  それでも俺は憎しみを捨てて負け犬にならなくては、由加との約束──生き延びるという約束が果たせない。  その為ならば、死ぬ事以外なら何だってやるつもりだ。  生きる目的を失ったならば、由加との約束を守り続ける事を生き甲斐にすれば良い。 「しかし!」 「あんな奴に命をくれてやるなんざ、勿体なさ過ぎるぜ。無理に戦う必要は無えんだ。俺は戦いたい訳じゃねーし、殺し合いたい訳でもねえ。あっちにその気があるなら、こっちは全力で逃げればいーのさ」  赤髪の言葉を遮り、俺は一気にまくしたてた。 「正義は勝つだ? 勝った方が正義だあ? 馬鹿馬鹿しい。集団でボコろうが、卑怯な手で相手を陥れようが、圧倒的な力で叩き潰そうが、勝者は勝つべくして勝ってんだ。だから、相手がどんなにぶち倒さなきゃいけない奴であっても、戦う力を持たない俺は、力で立ち向うような愚行だけは絶対にしない」  だって、俺はただの高校生なのだから。  こんな人外ゲテモノのゴタゴタに首を突っ込めば、無事でいられる道理が無い。  ……由加のようになるのは火を見るよりも明らかである。  ピンチに覚醒するような都合の良い力なんて、存在したりはしないのである。  それが現実だ。  そんなものは、ただの希望と願望の区別が付かない奴が夢見る妄想である。
/135ページ

最初のコメントを投稿しよう!

62人が本棚に入れています
本棚に追加