大樹の場合 3

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「……呆れた。自分の命が懸かっている状況で、よくそんな所までゆっくり眺めていましたね。貴方は自殺願望でもあったりするのですか?」 「ばーか、生き延びる為に動こうって言ってんだ。俺達は死なねーよ」  確かにこの案を採用するならば、俺は半端なく危険な目に遭うだろう。  拡大を続ける灰色の穴に触れないよう気を付けつつ、司書って人がどこかに隠した栞を探す方が、きっと何倍も安全に決まっている。  しかしこの方法だと、世界が灰色に塗り潰される前に、目的の栞が見付かる保証は全く無い。  むしろ、時間切れを迎える可能性の方が、遥かに高いと言えるだろう。  そうなれば、俺に待っているのは死か“再生”か──とにかく、ろくな結末は残されていない。  それを一番理解している赤髪は、この無謀な新案を“可”と判断するのだった。 「確かにそれは白紙の栞である可能性が高いですね。是非やってみるべきかと」 「そうか、ならもう勝ったも同然だな」  はい、と頷く彼女の顔には、相変わらず呆れの色が浮かんでいたものの、しかしその中には少しの希望も見受けられた。  でも、勝ったも同然なんて嘘っぱちだ。  俺達は図書館とやらに向けて敗走撤退する以上、勝利なんてものは絶対に掴めない。  それでもあえて非敗北条件を定義するなら、この作戦を完遂して二人して無事に奴等から逃げ切る事だろうか。 「逃げるが勝ち、ですね」 「なんだ、上手い事言うじゃねーか」 「言葉の遊びは、貴方の真似事ですよ」  少し照れたような仕草で、赤髪は頬を掻いた。  こうしていたら、普通の女の子に見えなくもないのになあ……と場違いな事を思いつつ、俺は朱と灰が入り混じる、まだら模様の空を見上げる。  季節は秋。  まだ夕方の時間帯だけれど、地平線の彼方に消え行こうとする太陽の光は、建物に囲まれた裏路地にはほとんど届かない。  そんな薄暗い闇の底を見つめる空の星達だけが、俺の矛盾した“勝利の敗走”を応援してくれている気がした。  これでいいんだよな?  俺は間違ってないよな?  由加──
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