大樹の場合 4

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 だからこそ、それだけが俺に与えられた唯一の武器だと言い換える事も出来よう。  活かすも捨てるも俺次第である。  そして、俺は腕力や不思議な力に頼らず、唯一の武器を活かす事で己を生かすと決めたのだ。  俺が俺であるという、自己の証明のようなものだった。  俺は、ヒトである事を捨てたりはしない。  その為に、今は挑発あるのみである。 「余裕、見せてくれるじゃねーか。知ってるか? 相手を倒せる状況で余裕を見せる奴ってのは、やられ役の負け犬と相場が決まってるんだぜ?」 「…………」 「こっちが負け犬なら、大樹はその犬に食べられちゃう貧相な骨クズって所かな? そっちが何を言おうと、私達の優位は変わらないよ」  どれだけ高圧的に出ようと、どれだけ不利な状況であるかを説こうと、一向にひるむ様子を見せない俺の態度に、羽野郎は次第に苛立ちを露にし始めていた。  しかし、奴が逆上する前に由加が一歩前に踏み出し、フォローに回る。  ……我が彼女ながら、なかなかに手強い。  まずは由加を何とかしないと、俺の攻撃は羽野郎に届かないらしい。  このままでは奴の隙は突けないと判断した俺は、アイコンタクトで赤髪に「黙って下がってろ」と合図して、次の行動へ移る事にした。 「へえ? そりゃ怖えな。俺はまだ死ぬのは御免だし、ここは逃げさせて貰おーかね」 「ふん。皇樹に阻まれ逃げられた時には次の手に困ったものだが、今度はそうも行くまい。この我から、そう簡単に逃げられると思うかね?」 「そりゃ、“天使様”に追い掛けられちゃ、地べたを這いずり回るだけの人間は逃げられねーだろうなあ」 「……分かっているではないか」 「なら、どーするよ?」 「大樹の遊びに付き合ってあげる。のこのこ出てきたからには、何か考えがあるんでしょ? リピテル、B・Bを」  再び由加が会話に割り込み、奴に羽矢の使用を促す。  どうやらあの羽矢──B・Bというらしい──にて、由加は俺の真意を計るつもりらしい。  的確な判断だった。  B・Bで俺を始末出来れば、それで良し。  何らかの対策がされているならば、それを見極めてからでも止めを刺すには決して遅くない。
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