大樹の場合 4

7/33
前へ
/135ページ
次へ
 意図的にB・Bを撃たせ、しかし奴がB・Bを放つ直前から回避行動に入る事だけが、俺が思い付いた唯一の回避方法だったのである。  わざと奴の前に姿を現したのも、もちろん不意打ちならぬ不意撃ちを避ける為だ。  弾道を見切る事は出来ずとも、羽野郎の緩慢な動きならば見切る事が出来るのだから。  僅かな驚きの表情を覗かせる羽野郎と、あまり動じない由加。  俺の性格をよく知る彼女にとって、俺がB・Bを回避する可能性は十分に予想の範囲内であったらしい──やり辛いな、くそ。  けど、由加はその先まで読めていなかったようであった。  一瞬遅れて、彼女の表情も驚愕に歪む。  当然だ。  立ち込める土煙も収まらない内に、赤髪が奴等に対して背を向けたのだから。 “敵に背を向け、無力な俺を敵前に独り残し、栞で強化した身体能力を使って全力で走り去った”のだから!  赤髪の奇行に対して、否応無く羽野郎と由加の注意がそちらに向かう。  が、赤髪は無防備な俺や呆気にとられる羽野郎達には一切構わず、そのまま真っ直ぐに戦線を離脱していった。  瞬く間に裏路地の建物の向こうへ、赤い頭が消えていく。  彼女のブーツが地面を蹴る軽快な音だけが、すっかり暗くなってしまった裏路地に響き渡り── 「……しまった!」  それに対して真っ先に反応したのは、やはり由加の方だった。  流石に頭の回転が速い。  それは状況から判断しての反応というよりも、知り尽くした俺の性格を逆手に取って予測した、経験則による直感であったのだろう。  しかし、それでも大した見極めの速さであったと言える。  しかも部活で陸上競技の走者をやっているだけあって、赤髪には遠く及ばないものの足も速い。  赤髪が向かった方を目指し、彼女は“走る俺と”擦れ違い様に一瞬だけ視線を交わし、しかしそのまま赤髪を追って薄暗い路地の奥へと消えていく。  B・Bの炸裂による土煙が収まり始めた頃には、その場に残されていたのは物理法則すら裏切る詐欺師リピテルと、一切の武器を持たない俺の、たった二人だけであった。  邪魔物を排した、一騎討ちの始まりだ。  ……作戦通りである。
/135ページ

最初のコメントを投稿しよう!

62人が本棚に入れています
本棚に追加