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「……別れよ? その方がいいって、私達」
彼女がそう切り出して来た時、俺は不覚にも動揺してしまった。
そのせいで危うく手に持ったティーカップを落としそうになってしまったけれど、彼女──由加の右手のフォローのお陰で喫茶店内にカップが割れる音が響く事は無かった。
窓際の、外の景色がよく見える明るい席。
由加と上手くいっていなかった訳では無い。
むしろ俺達は上手くやっていたように思う。
俺は特別に人付き合いが苦手と言う訳ではないし、彼女の方も極端にベタベタする訳でもなく疎遠になる訳でもなく、常に心地の良い距離を保ってくれていた。
俺に合わせて。
とても気が利く、良い子なのだ。
彼氏と彼女。
正式に付き合い始めて、もうすぐ一年。
俺達はそんな関係にあった。
だから俺は、勘ぐってしまったのだ。
知らず知らずの内に、由加の好意に甘える事で彼女の負担になっていたのではないのか、と。
だから、俺という錘に疲れた彼女は別れ話を持ちかけて来たのではないのかと。
少し待てよ。
良く考えろ。
まずは深呼吸をして気を落ち着かせる俺。
無理矢理作り出した付け焼き刃の冷静さで、言葉の意味を分析する。
整理して、吟味して、判断して、結論を下す。
そう、いつもの事だ。
「嘘、だよな?」
「……まぁね」
由加にとって、本当に俺は重荷なのかもしれないけれども。
彼女は困った顔をして、その嘘を認めた。
嘘。
彼女は良い子だったが、しばしば嘘を吐く癖があった。
いつもの事、だった。
「あーあ、やっぱり大樹に嘘は通じないか。 参ったなあ」
バツが悪そうに視線を逸らす由加。
彼女は嘘を見破られると、いつもそうするのだ。
まるで、毎日がエイプリルフール。
しかし──
「何で、こんな嘘を吐いたんだ?」
彼女が嘘を吐く時には、必ず理由があった。
それは俺を喜ばせる為だったり。
それはただの照れ隠しだったり。
それは俺を悲しませない為だったり。
それはとびっきりの意地悪だったり。
いつも、理由があった。
「うん、実はね──」
少しだけ躊躇った後、由加がおもむろに口を開く。
その時だった。
“それ”が現れたのは。
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