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故に奴の判断は正しい。
絶対的に正しい。
圧倒的に正しい。
「けど……見え見えなんだよっ!!」
俺の服の端を掴もうと、緩慢な動作で伸びてくる奴の“左手”。
俺は奴が“左手”を使う事も予測していたが故に、またもや姿勢を精一杯低くし、奴の腕の下に潜り込む形で、それをやり過ごす。
一人で歩く事もままならなかった俺の足は、これだけ動いても大して痛みはしない。
栞による治療は完全ではないと赤髪は言っていたけれど、今の俺には十分であった。
「ちっ──」
舌打ちに続いて襲い来る、奴の右足。
俺が奴の左手をしゃがんで躱したなら、無理な体勢の為に自由に動けない俺を蹴り上げれば良い。
決まればそれは、必ず俺をひるませる。
その隙に俺を掴んで灰色に投げ入れる。
考えれば、分かる事だ。
羽野郎の前へ姿を現す前に、こっちは何度もシミュレートし、全て予測を済ませ、行動手順を組み立て済なのである。
「だから! あんたの行動は、見え見えなんだよっ!」
奴の長い脚から生み出される蹴り上げの威力は、想像よりはるかに強かった。
が、俺は吹っ飛ばない。
腰を低くしたまま、揺るがない。
胸元でクロスさせてた両腕で蹴りを正面から受け止め、更なる挑発で奴の冷静さを削り取る。
ニヤリとこぼした笑みが、羽野郎の神経を更に逆撫でしたようだった。
「先程の威勢は何処へ行ったのかね? 守っているだけでは我は倒せぬぞ」
「はっ、そんな安い挑発に乗るかっての! 俺は適当にあんたとじゃれて時間潰してりゃ、それで良いんだよ!」
俺は囮。
奴はそう認識しているし、決して的外れではない。
俺が奴に危害を加えようと能動的に動く必要は全く無いのだ。
素人の俺が下手に動けば、それは必ず隙になる。
じっくり待つこと。
作戦通りに全てをやり過ごしながらじっと耐え続ければ、チャンスは必ず訪れるのだ。
「分かっているさ! お前の考える事くらい読めているとも! しかし、こうも一方的では我が退屈であろう?」
蹴りを止められ宙に浮いた奴の右足が、次は姿勢を低くした俺の頭を踏み抜かんと、容赦なく振り下ろされた。
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