大樹の場合 4

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「いや、別に? 俺はあんたがアレ並だなんて言うつもりはねーし、あんたの正体が何であっても今のピンチが覆る訳でもねえ。ただ、ダチョウもペンギンもキウイも、そんな立派な翼は持ってないからさ、どうしてもアレを連想しちまう」 「……ひひ……!」  俺が火を点け煽った恥辱が奴に力を与え、そして冷静さを削り取っていく。  俺は再び痺れ始めてきた両腕をおして、触れてはいけない逆鱗をあえて突っついている。  逆鱗に触れられた竜はどうなるのか。  決まっている、我を忘れて怒り狂うのだ。  馬鹿面をぶら下げて。  ……竜じゃなくて鶏(トリ)だったか? 「何よりあんたは、話術と羽矢に固執し過ぎてる。接近戦用の武器、持ってねーんだろ?」  そう、この作戦はトリ野郎が飛ばない事と接近戦を好まない事を前提としなければ、成立しないのだ。  羽矢を封じる為に接近しても、飛んで逃げられたら意味が無い。  空から羽矢で狙い撃ちにされれば、俺には為す術が無いのだから。  けれど、奴はそれをしなかった。  再び俺に逃げられる訳にはいかないから距離を置けない事が一つと、暗い路地裏では俺の近くに居なければ、こちらの姿を鮮明に視認出来ない事が一つ。  そしてもちろん、トリ野郎が格闘戦に長けていても、俺の策は成り立たない。  もしも剣や槍のような武器を持っていたなら、丸腰の俺はあっさり斬られてデッドエンド。  更に奴が格闘技やそれに準ずるような体術を会得していたなら、俺は簡単に捕まえられて灰色の穴の中に投げ込まれていたことだろう。  そうなれば、俺はデッドエンド──いや、“再生”エンドを迎える事になる。  策がどうこう以前の問題だ。  けど、俺はまだ生きている。  この狭くて薄暗い裏路地の中において、奴は鳥目故に俺から距離を取りたくても取れず、しかしどうしようもない死角を至近距離に抱えていたのだ。  それらが一つの想像に繋がってくる。  視界の端にちらりと赤色を確認した俺は、意を決して言葉の刃を抜き放った。 「偉そうにしてるけどさ、もしかしてあんた、刃物で斬り合う度胸が無いんじゃねーのか? この──」  ──臆病(チキン)野郎。
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