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唯一トリ野郎の隙を作る為に打ち込んだ一撃も、奴を負傷させるほどの威力は無い。
俺の指示通りに。
その証拠に、ほら。
「む──ぐぬ……」
早くも意識の混濁から抜け出したトリ野郎が、今まさに身を起こした所だった。
膝をついたまま首だけをこちらに向けた怒りの表情は、天使と言うよりも悪鬼のそれに近い。
完全に気絶する位の力で打ち込むよう、赤髪に指示しておくべきだったかなあ……などと、冗談を言ってみたりして。
「お前等ァ──!!」
「よう、お目覚めの気分はどーだい?」
「最高だな……うっかり昇天してしまうかと思ったさ!」
御健勝そうで何よりだった。
ちっ、とこれ見よがしに舌打ちしてみせる俺。
「……そうか」
こちらを睨みつけながら、しかし怒りに染まったトリ野郎の表情に変化が現れる。
奴はようやく俺の狙いに気が付いたようだった──それすら勘違いだとも知らずに。
「失敗作。お前の役割は最初から栞の探索ではなく、奇襲の方だったという訳か」
「それを気取る可能性があった由加も、ついでにこの場から遠ざけさせてもらった。俺の指示した通りに赤髪が走ってくれたなら、今頃は表通りの近くを彷徨ってるんじゃねーかな」
上手くすれば、すぐに町中に出られる事だろう。
もっとも、崩壊寸前のこの世界で、そんな気遣いに意味なんて無いかもしれないけれど。
とは言え、奇襲は本命なんかじゃない。
その勘違いが致命的だと自分で口にするはずもなく、俺は見下した視線を奴に向けてみせた。
「最初から……最初からお前の掌の上だったと言うのか!」
「馬っ鹿だなー。俺達の方が強いって何度言えば分かるんだ?」
「お、おォのれえええええ!!」
悔しそうに叫ぶトリ野郎の姿にとりあえず満足した俺は、仕上げに入る事にした。
負け犬の遠吠えに付き合う程、暇ではないのだ。
「種明かしはこんなもんだろ。じゃ、そろそろ行くとするか」
「あ、はい。そうですね」
「ぬ。お前達、何処へ──」
そこで、奴の声は止まった。
止まってしまった。
何かを悟ったようだった。
が、俺はあえて気付かないフリをする。
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