大樹の場合 1

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 俺は咄嗟に周囲を見渡す。  案の定。  周りはいつも通りの平穏な喫茶店の中の風景だ。  何もおかしい所なんて無い。  どこにも異常なんて無い。  何もかもが普通過ぎる。  ……それこそが、異常。  そう。  誰もあの声が聞こえた素振りを見せていないのだ。  あの声が聞こえたのは、俺と由加だけなのか?  いや、それとも── 「ね、ねえ大樹? もしかして……」 「おっと、奇遇。俺も多分、いま同じ事を考えてたと思う」  つまり。 「……聞こえてはいたけど、他の皆は反応出来ない……?」  勿論、先程の声がテレパシーのような物で、俺の頭にだけ直接届いた──なんて可能性だって、考えなかった訳じゃない。  可能性としては、奇跡に近いような確率でなら、あり得るのかもしれない。  しかし、そんな馬鹿な事があるのか?  あり得るのか? 「大樹……何だか怖いよ」  いつも気丈な由加が、珍しく不安そうな表情を見せるが、無理も無い。  当たり前だ。  俺だって怖い。  この“普通を装った日常のような何か”が怖い。  日常の中に居て、しかし自分達だけが日常から取り残されてしまったかのような、そんな孤独感が怖い。  ここは本当に俺の知っている場所なのか?  ここは本当に俺の知っている日本なのか?  色んな想像、空想、妄想の類が脳裏を駆けめぐり、そして消えていく。  考えろ。  状況を見極めるんだ。  整理して、吟味して、判断して、結論を下す。  そう、いつもやっている事だ。  だがしかし、俺にはそんな簡単な事をする時間すら与えられない。 『誰か居ないのですか!? くっ……もう時間が無いと言うのに!』  また、あの声だ。  あの赤と黒を纏った子も、せわしなく辺りを見回している。  何かを探している──そう見えた。 「ま、まさかあの子、私達を探してるの?」  それはあり得る話だった。  こちらとあの子には面識は無いが、不思議な声を聞いたのが俺達だけなら、そう考えるのが妥当ではないだろうか。  しかし、あの子が面識も無い俺達を探している……何故だ? 「隠れよう。いや、気にしないのが一番か?」 「でも……」
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