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回想電車
何時だつて一番に思ひ出すのは君の事だつた。
電車に揺られ乍僕は君の綺麗な髪を思ひ出して居た。君の日に焼けて赤味掛かつた髪は、太陽に煌煌と輝ひて本当に美しかつたのだ。僕は軍でも憚る事無く君の事を自慢したものだつた。当然華々しひ戦果を上げ、君と幸せな毎日を送る事を夢見て居たのだ。
だが其れは叶ふ事は無かつた。君は僕の居ぬ間に将来を誓ひ合つた僕の事を棄て誰とも知らぬ男と戦火の間際を縫ふ様に行つて仕舞つたのだね。五体満足で故郷の地を踏み締めた僕に待つて居たのはそんな現実だつた。
あれから何年経つたであろふ。僕の髪にも漸く白髪が混じり始めた。その後迎えた女房は善く出来た女で在つたけれど、彼女も又僕を置ひて逝つてしまつた。
電車で向かふのは彼女の墓場だ。さて君は今生きて居るのだろふか居なひのだろふか。
何時も過去を振り返ると君に迄戻つて仕舞ふ。きつと僕の時間は、あの時で止まつた侭なのだ。
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