骸骨の瞼 一

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   彼は歌うことが好きである。  心を知らず、宗教も持たず、考えることもしない骸骨だが、音を鳴らすことが好きだった。  雨模様の秋の昼、彼は首の骨に右手を当て、擦ることで音を出していた。それが彼の歌だ。  歩きながら、口をぼけっと開け、歌を歌う。  彼の歌声は、がさついていた。  彼は山を下った。麓に、古びた建物があった。  病院だった。外装は酷いが、窓越しに見える病室はキレイである。  彼は前屈みになり、首を伸ばすようにして歩み寄った。彼の目線の向こうには、ベッドに座る少女がいた。  その少女の目は、どこか悲しげである。  彼は、いつの間にか歌うことを忘れていた。  ――骸骨は、病院に背を向けた。  彼は山を登った。途中、子供の猪に出会う。  彼は跳び、拳を固めて猪をぶん殴り、足をもいで、口へ運んだ。  その日の夜、雨は強くなり、山で流れた血肉をどこかへ捨ててくれた。  大粒の雫を全身に浴び、骸骨は歌を歌う。  彼に、雨は見えなかった。  病院にいた少女は涙を流していたのだが、彼には見えなかった。  彼は骸骨。水が見えない。  首の骨を引っ掻き回し、錆びついた歌を叫んで狂う、骸骨である。
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