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昭和二十年八月六日――この日、広島に原子爆弾が投下された。
全てが一瞬のうちに溶け、破壊され、炭と化した。
何が起きたか分からぬまま、僕はこの焼けつく身体を冷やす為に水を欲した。
親の事も、妹の事も頭から離れ、水だけを欲していた。
数分経ったその時、急に暗雲が頭上を覆い、そして、真っ黒な雨が天の恵みの如く降り注いだ。
(み……、水……!!)
僕は目を閉じ、墨汁の雨を小さな舌先で受け止めようとした――その時
「坊や、この雨は飲んじゃダメよ」
墨汁の雨を遮りながら透き通る声がそう言った。
驚いて見上げるとそこには、太陽のように神々しい女性がいた。
輝く金髪を三つ編みにし、真っ白な肌とワンピースに日笠を差している。
一瞬、その美しさに見とれてしまったが、良くその相貌を見ると、あの鬼畜米兵と同じような顔立ちをしているではないか!
僕はその場を逃れようとした……が、思うように力が入らない。
(殺される、殺される、殺される……!!)
僕はやはりここで死ぬ運命なんだ、そう思いながらギュッと目を閉じた。
「怖がらないで、私はただの人間よ」
女性はそう言うと、そっと僕の頭を撫でた。
太陽みたいに暖かい。
ゆっくり目を開けると、彼女はポケットから赤い包みにくるまれた板を取り出し、僕に差し出した。
「私、水持ってないの。 代わりにチョコレートあげるから許してね」
ちょこ、れいと?
包みを受け取ると、そこから微かに甘い香りがした。
「坊や、此処は危険だから、私が安全な所に連れて行ってあげる」
彼女は僕に、白い腕を伸ばした。
生きたい一心に、僕は彼女の手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
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