8人が本棚に入れています
本棚に追加
誰もいない教室に一人きりで、蓉司は窓辺に佇んでいた。
どこにも人の気配がないせいか、何となく世界に独りきりのような気がして目を伏せる。
琥珀色にわずかな緋を混ぜたような、夕日の輝きがビルの谷間へ沈もうとしていた。
何に譬えても巧く表現できない落日は、美しい黄金色のなかに穏やかな優しさを潜ませていて、眩い朝日とは違う安らぎを与えてくれるように感じる。
けれど夕日を前にすると、なぜか胸には小さな痛みのような寂しさがこみ上げる。
喪われたなにか大きなものが、あるような。
そんな気になる。
「――崎山」
背後からかけられた声に振り返る。
城沼哲雄。同じクラスの、妙に存在感のある男。
低い声は必要なこと以外を紡がず、鋭い視線は遠慮なく相手を見つめる。正直、一緒にいて間が持たないし、居心地がいい相手でもなくて苦手だった。
――少し前までは。
「城沼。用は済んだのか」
「ああ」
「じゃあ行くか。睦、先に行ってるって」
「そうか」
短い会話を交わし、自然に隣に立って教室を出る。もうすぐ五時になる学校にはほとんど誰もいない。
廊下を歩く最中も二人の間に会話らしい会話はなく、けれど拳一つ分空けるだけの距離は心地よかった。
互いの体温、というのだろうか。
妙にホッとするそれのおかげで、哲雄と一緒にいることは存外心地よいのだと知ることができた。
それが、ほんの一か月ほど前の話だ。
不思議な感覚に唇を緩めた蓉司に、隣の哲雄が視線を向ける。
「どうした」
最初のコメントを投稿しよう!