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「……なんでもないよ」
ふと視線を前に向けると、見知った姿があった。学校でも群を抜いた変わり者。
長い金髪を背中に垂らし緑色のシャツを着た男が、機嫌よく鼻歌を歌いながら歩いてくる。制服を着ようなんて気は毛頭ない姿が、二人に気付いて嬉しそうに手を振ってきた。
翁長善弥。
哲雄や睦より一つ上で、蓉司とは同い年の上級生だ。
「よーちん、てっちゃん!」
無邪気な声に苦笑し、蓉司は哲雄の顔を仰いだ。哲雄の表情は変わらず、近づいてくる善弥を見つめていた。
「なになに、二人でこれからどこか行くの?」
「……バーガー屋。三田が先に行って待ってる」
答えたのは意外にも哲雄で、律儀な回答に善弥が機嫌よく頷いた。
「そっかぁ、いいねぇ。ね、よーちん、俺も一緒に行きたいな」
自分の思いつきにご機嫌な善弥が、さっそく携帯電話を取り出してボタンを押す。
短縮らしくすぐ繋がったそれの向こうで、男の声がした。善弥は常に機嫌がいい。
「うん、うん。大丈夫だって。じゃ、クリスティーちゃんをお願いね」
クリスティー、というのは善弥が飼っているイグアナだ。
この前、昼食時に乗り込んできた善弥が、写メールを見せてきたことが記憶に新しい。その時は哲雄と睦も一緒で、特に睦はクリスティーに興味津津だった。
「オッケーだって! いいよね、てっちゃん」
哲雄の方が御しやすい、とでも思ったのだろうか。
善弥は顔を哲雄に向ける。哲雄がどう出るのかと蓉司も哲雄を見つめる。ややあって哲雄がうなずいた。
「好きにすればいい」
「やったぁ」
左に善弥。右に哲雄。
体格のいい二人に挟まれ、片やハイテンション、片や無口のアンバランスな二人の間を歩く。
これだからいつも人の視線を集めるのだ、と蓉司はひそかにため息をついた。
面倒だ。
けれど、不思議といやな気分ではなかった。
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