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夏も近い皐月の頃。
満開だった桜は、もうすっかり葉桜になり若葉を風に揺らしている。
卯月から弥生にかけて、寺院や武家の屋敷などに植えられた桜は、既に散っているのに山桜はまだ淡い桃色を僅かに残している。
しかし、いずれにせよ山は大半の木々が青く染まっている。
花見と洒落込み、隅田川などを賑わした人々は今では、その陽気さは微塵も感じさせない。
だが、城下には爽やかな気分が広がっている。
人が行き交う中、甕覗(かめのぞき)の着流しを着た、細い男が歩いていた。
男が歩くと、振り向く小娘達は顔を色めき立たせた。
優男の顔立ちだが、その着流しを違和感無く着こなせる男は、色恋の知らない小娘には憧れの眼差しが注がれる。
色恋の何たるかを知る玄人の女には、色を含んだ眼差しが注がれる。
だが、男は気にするでもない風に歩く。
靡かない男に、女達はますます良い反応をする。
そんな男の前に、子供がぶつかった。
「悪ぃ…」
「いや…」
それだけの言葉を交わし二人はすれ違う。
ある程度の距離を走り、子供は全力で駆けた。
そして、人通りの少ない道に出ると懐をごそごそと漁る。
懐からは、巾着が出て来た。
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