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ある日、浹は一人の男に呼ばれた。
黒のハンチング、黒のマントコート、良く磨かれて光る革靴も黒。
只、帽子から覗く髪は白髪混じり、顔には幾つもの皺が有り、長い年月を生きて来た人物だと言う事が判る。
其の初老の男を前にし、浹は被って居たフェルト帽を脱いで一礼した。
「…御久し振りです、緝(ツムギ)。御変わり無い様で何よりです」
「御前も変わらない様で嬉しいよ。あの御嬢さんも元気かな?」
「ええ、僕と張り合える位には元気ですよ」
フェルト帽を被り直しながらそう告げれば、緝はくすくすと笑った。
柔和な笑みと雰囲気を纏う彼が、浹は好きだった。
未だ今よりもっと幼かった頃に、色々と良くしてくれた人、と言う事を差し引いても、緝は優しい人だ、と思う。
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