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こんな風に、誰かと桜を見るのは久しぶりだった。    小さい頃は、よく祖父と一緒に見に来ていた。ビニルシートと、ジュース、手作りの弁当を持って、たった二人で夜の花見。  それが高校卒業と同時に独りになった。その年の桜は涙で滲んでよく見えなかったが、散りゆく花びらがまるで涙のようだった。大樹には、桜が一緒に泣いているように見えた。    大樹は左にかすかな体温を感じながら夜桜を眺めていた。独りに慣れてきたとはいえ、やはり誰かが隣にいるのは安心する。  しかし、不思議だ。自分は彼女と今初めて会った。名前も知らない。何もかも知らないのに、こんなに安心するのはなぜだろう?実は、以前どこかで会っているんじゃないだろうか?  「あの」  大樹は、思い切って聞いてみた。  「以前、どこかでお会いしませんでしたか?」  「わかりません」  またこれか。  実は先程から、大樹は彼女に様々な質問を投げかけていた。名前は何か、どこから来たのか、なぜここに来たのか、など。  しかしそれらの質問も全て「わかりません」「記憶が、ありません」の2パターンで返されてしまった。  最初はふざけてるのかと思ったが、どうもそうじゃないらしい。返答する毎に彼女の黒い瞳が不安で曇っていくのを、大樹は見逃さなかった。  
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