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「それで、いいんかい」
男は言った。
「何も襲わず、何も食わず、誰にも気付かれず……よお、ヌリカベ、それでいいんかい」
ひゅっと、男は枝を水平に振る。
「枝一振りで、お前は姿を消すそうじゃないかい。なあ、おい、妖怪。お前は人を、食ったりしないのか」
微動だにしないヌリカベを見詰め、男は続ける。
「おれは、妖怪なんて見るの初めてだ。お前、化け物なんだろ? ……いまいち、ぱっとしねえ奴だなあ、お前は」
そこで、男はヌリカベに枝を投げつけた。すり抜ける。
「肉でも草でも、何か食おうと思わねえのかい、お前は。傷付けるのが、恐いってのか?」
ヌリカベは、空を見上げていた。緑の葉の隙間から、青い空が覗いている。そして、白く輝く日の光。
ヌリカベの視界は、美しい限りだった。
しかし、太陽の眼光は、ヌリカベをすり抜けていた。
太陽は妖怪に、気付かなかった。
男は、帰っていった。
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