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翌日の午後、男はヌリカベの前へ現れた。
傘は被っておらず、衣服は道着でなく質朴な着物であり、そして右手には、何かを握り締めていた。
そびえるヌリカベへ、男は拳を伸ばす。開かれた手の平には、幾つもの歯があった。
「牙で獲物を、食えばいい」
男は呟き、ヌリカベの体へ歯を取り付けていった。
その歯は、男の祖父の物である。
男の目には、涙が溜まっていた。
「傷付けたくなければ、その牙を使わなければいい。なあ、ヌリカベ。優しく、すればいい……」
その日の夜、ヌリカベは自分の牙を使い、自らの体を食い荒らした。
一晩かからずに、妖怪は灰となった。
森へ来た男は、自害したヌリカベに気付かなかった。
ヌリカベは、森で死んだ。誰にも、気付かれなかった。
優しくされたこともないヌリカベは、誰にも優しく接せられない。
動かぬ者に、牙など全く無用である。
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