第一章

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それから六か月後、稲葉山城から半兵衛が退去したとの知らせを受けた龍興は、早速本来の居城である稲葉山を目指して、鵜飼山城を後にした。 龍興が稲葉山へ入ると、なるほど敵が伏せている様子はない。あちこちから聞こえる町民達の自分への嘲笑など気にせず、全く堂々と本丸を目指していった。 ――久し振りに眺める自らの居城、なぜか様々な思いが胸に込み上げ、それは涙となって目尻から流れ落ちる。 出迎えに出た日根野弘就は何事かと心配したが、龍興の嬉しそうな表情を見てホッと頬をなで下ろした。 「――のう、弘就。」 「はっ。」 「稲葉山とはこれ程までも美しかった物じゃったかのう。 美しい緑、広がる空。わしはこれほどまで稲葉山が美しい物だと思ったことは無かったわ。」 しみじみと涙を流しながら、笑いながら話す龍興。以前とはひと味違う龍興に、既にこの時弘就は気付いていたのかもしれない。 「わしは勘違いしておったわ。 以前は父上と比べられるのが嫌だと思っておったが、わしは父上と同じでは無いし、父上を目指しているわけでも無い。 ただ父上は素晴らしい人間じゃった。少々血生臭い方法で祖父上から地位を奪い取ったが、それを出来るほどの人望と才能があったという事じゃ。 ――じゃがわしは違う。父上ほどの才能は無いし、人望も無い。」
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