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見下すな、と少女は思った。そんな高いところから私を見下ろして楽しいのか、愉快か、と。
真紅に染まる双眸が捉える月は、彼女にとって、“ただ上に在るもの”という程度の認識でしかなかったのだ。
いつか堕とす、誰にともなくそう心の中で誓ったところで、異変に気付いた。
腐敗する血肉でぬかるみ、立ち上がりづらい死体の山から滑り降り、地面に着地する。
無惨にも破壊し尽くされたビル群の向こう、瓦礫の奥の方から何かが近付いてくるのが分かった。
距離は約二キロ。人数は十人程度か、と少女は見もせず感じとる。物事を五感だけで捉える段階は既に終えていた。
「……へえ」
少しだけ心が弾む。静かに脈が触れる。
まだ現れぬ目標は加速度的に速度を上げていた。
不思議なことに、その集団は無音だった。気配までもが、恐ろしい程に隠されている。
そのせいだろう、静寂が空間を支配している。
「なんか、面白そうなやつら」
口が歪む。三日月のように、両端がつり上がってしょうがない。
そして、その間に距離は約五百メートルまで縮まっていた。見える。少女の目にはしっかりとその何かが映った。
身をかがめ、戦闘体制に移行する。
黒いスーツを着た一団だ。大型のバイクに跨り疾走している。
やはり無音。まるで映像だけを見ているような、そんな錯覚。どういう仕組みか理解する前に、攻撃は開始された。
男たちの手に握られたマシンガンが、襲いかかってくる。
その瞬間をもって、少女はそれを“敵”と認識した。
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