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男はさらに前に出る。ゆるやかに少女との距離を縮めた。
「深度五、或いは、“アイツ”ならこう呼ぶかもな――殺戮中毒(キリングジャンキー)と」
男の頬がゆるやかに緩む。
「人間の『進化』とは全く別のベクトルから発生する『深化』という現象に対しての、最終形態。最上位形態。人間の究極。至高の人外。まさかこの日本で、生まれるとはな」
諦めと嘲り。冷ややかな視線は少女へと注がれていた。
「『深化』とは本来、行き過ぎた羨望や願望、たどり着きすぎた思想や妄想といった、精神的な作用による発生が多い。あれがしたいこれがしたい、ああなりたいこうなりたい、そういった危険な思想。危惧すべき欲望。『深化』とは、それを叶えた形。 “精神に肉体が追いついた姿”」
一呼吸置く。
「――しかし、だ。巡井天乃、お前のような子供が何故だ。何故、そこまで『深化』出来た? 何故、ここまででたらめな、三日足らずで一つの街を破壊し尽くす程の力を得た? 何がお前をそうさせる? 駆り立てる? なぜ、なぜ、なぜ――私はそれが知りたい」
そう言い紡いで、右の掌を巡井天乃に向けた。
何の違和感もなく、まるで自然に、当然のように。流れるような動き。
それは体が危機を感じない動きだった。
「しまっ――!?」
瞬間、呼吸を忘れる。心筋が緩む。血流が途切れる。四肢が固まる。死線が全身を這いずる。そして脳裏に後悔が疾った。
遅い、遅い、遅い――あまりにも、遅い。
走馬灯ですら、遅すぎる。
「よく覚えておけ――箱崎創時(ハコザキソウジ)、お前を閉じる者の名だ」
箱崎創時はにやりと笑んで、開いた掌を静かに閉じた。
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