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「でも、今に見てて下さい。私は、今回の作品には、少しばかり自信があるんだ。批評する方だって、あの作品には、ちょっと驚くかもしれません。いや、何も言わずに結構です。何しろ、奇妙奇天烈、珍妙な話なので」
何とも味気の無い言い方である。武生二十九、聡子二十三の冬の事であり、結婚して丸々二年の年月が経過していたが、未だに武生は、他人行儀の言葉使いを辞められないのだ。
「きっと、また読ませて戴けないのでしょう?」
付き合いも長いので、やはり口調も似てくる。武生は、小説を書いており、その文体がまた、復古主義を念頭においた、現代人から見たならば、ひとつもふたつも型の古いものであったから、喋っている時もたまに酷く畏まる。それに感化された聡子も、聡明なその美しい今風の格好に甚だ似合わない口調をするのだ。
「うん、まだだ。君には、雑誌にでも載った時に見せてやりたいんだ。だから、もう少し待っていて下さい」
「昔は、良く見せてくれたじゃないですか」
間髪いれぬ妻からの問いに、武生は、内心狼狽してしまった。
何時もの流れから察するに、ここは、そんなものですか、と返す所なのである。
武生が、思わず俯いた首を恐る恐る上げてみると、妻はクスクスと笑いだして、遂には手を叩きだす。
「冗談ですよ、冗談。ふふ、今のあなたの顔ったら!」
割に冗談の好きな女であった。
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