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 勢いは、この頃確かに減速しつつある。しかし、後、原稿用紙二十枚も書けば、形になる筈。とびっきりの仕掛けも最後に華が開く。後は書くだけなのだ。しかし、武雄には書けない。苦心して紡いできたこの作品は、今の所は良い出来である。少なくとも、悪くは無い。武生は、達磨を一体作り上げた。後は、美しい目を描くだけなのに。 「くそっ。駄目だ」  武生は、諦めて床に仰向けで寝そべった。そして、襖の隙間から、テレビを見て無邪気に笑う聡子を見た。武生は、深い溜め息を漏らす。  ……書けないものは書けない、今日はよそう。彼は立ち上がり、聡子の所に寄っていき、「珈琲をもう一杯下さい」、と虫の鳴くような声で囁く。妻は、「ミルクは?」と訊き、夫は、一言「たっぷりでお願いします」、と力無く言う。  珈琲を容れに行く妻を目で追いながら、行き道中の壁に掛かったカレンダーにさり気なく目を移した。  後一週間。武生は少々げんなりした。後七日以内に書かなければならない。そして、七日後のその日は、彼の誕生日でもある。  ……全く、何であんな約束をしてしまったのか、いや、よそう、武生は、煩悶しつつもその時の事を思い出していた。  知人が、夢を叶えたのは、つい先月のの事で、武生は久しぶりに会う友人を、羨望の眼差しで見ていた。二週間前の正月の事である。 「夢は、何時だって願えば、叶うんだ」、小学校からの旧友は、臆面も無く、そう言ってのけたのだ。武生も当時、妻の父親とも大きな衝突をしていて、少しいじけていた。心の中には、虚脱、厭世、そういった絶望感がまるで、網の目のように張り巡らされていたのである。なので、知人が言ってのけてふふん、と笑ったその時、武生は、芯から驚いてしまった。
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