髪どめ

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「そうだ。だから元恋人と呼んでいるんじゃないか。 あの醜い豚は僕じゃないからね」 葉山はそう言うと冷蔵庫に近寄り写真を手にとった。 「ちょ…おいっ!!」 ビリッ 乾いた音が、俺の鼓膜を揺らす。 葉山は写真を2つに破り捨てた…… 事の大きさは人それぞれだ。 50点取って死ぬほど嬉しい奴も居れば死ぬほど落ち込む奴も居る。 ゲームで負けて笑い飛ばす奴も居れば本気で拗ねる奴も居る。 「葉山…愛子にとってお前の体型はこれから付き合っていく上で関係があったと思うか?」 葉山。 愛子の本音を、聞いてやれよ。 俺が代弁してやるから…… 「………愛子にとって関係無くても太ってる自分を僕は認めない。 そんな自分の隣に居る愛子も認めない。 僕は痩せている。 愛子の恋人は痩せている。 この事実が僕の全てだ。 僕が太っていたことや太っていた僕と愛子が愛し合っていた過去なんていらない」 …葉山… 「過去は、変えられねえよ」 葉山が俺を睨む。 「そんな睨むなよ。 …葉山。 太ってる自分を認めないのはお前の勝手だ。 でも周りに迷惑かけんな。 愛子が認めてない頃の自分を好きであっても、その事自体は否定すんな。 どんな自分も結局自分だろ?」 葉山は無表情で俺を見つめる。 俺も見返すと俯いた。 「愛子はどんなお前でも好きだっただろうによ。 お前がお前自身を元恋人と言い出した事が愛子にとってどれだけ辛かったか。 どんなお前でもお前だってさっき言ったな。 愛子も同じだ……。 どんなお前でも結局お前だ。 姿形は関係なく葉山という人物を愛子は愛した。」 葉山は静かに肩を震わせた。 窓から斜めに陽が差し込む。 誰かが言った。 それはお前の価値観の押し付けだ、と。 価値観の押し付けだって? いいんだよ、それで。 いい方向に進むなら、何だっていいじゃねえか。 いい方向だと信じる事さえもが価値観の押し付けだったとしても。 「隠した場所を忘れたなんて嘘さ。 君が愛子に戻ったら、髪どめを渡す。 約束するよ」 葉山はそう言い微笑んだ。 「あっそ」 斜陽が、長くなる。
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