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深夜、郊外に位置する暗い路地の中、ニコラス・マスカーニは、足をもつれさせながら、それでも懸命に走っていた。
こんなことなら、健康の為にランニングでもしておけば良かった。
そう心の中で舌打ちしながらも、彼は運動不足で訛(なま)り、中年太りにより重くなった体を懸命に動かす。
その形相は恐怖に怯え、激しい運動の為か、極度の緊張の為か、額には、うっすらと脂汗が滲(にじ)んでいる。
暗闇で視界は良くない上に落ちた体力を使って懸命に走った彼は、大通りの街灯から零れる光を目にすると、安心したように足を止めた。
路地の隅に置かれているゴミ箱からは、酸のような異臭が漏れ出しているが、そんなことにも構わず、一心に荒い呼吸を繰り返す。
「ここまで…来れば…。」
マスカーニは壁に手を付きながら、そう吐き出した。
確かに彼の目の前には無機質な光が弱く落ちているのが見えるだけで、彼を恐怖におののかせるようなものは何一つなかった。
もうこれで大丈夫だ。
マスカーニは心の中で呟いた。
しかし、それはすぐにも否定された。
「気は済んだか?」
何の前触れなく響いたその声に、マスカーニははっと顔を上げる。
そして、視界に入ってきた影に、その表情を驚愕に歪ませた。
「な、なんで…。」
撒(ま)いたと思っていた相手と正面から対峙(たいじ)して、マスカーニの足は自然と後退(あとずさ)る。
しかし、そんなマスカーニを見つめているのだろう相手、マスカーニのことを追っていたその人物からは、呆れたように息を吐く音がした。
「あんた馬鹿か?
そんな出た腹で一生懸命走っても、たかが知れてるだろ。」
闇の中に溶け込みながら、それでも足だけ照らし出されたそこからは、若い男の声がした。
青年と言った方が正しいのかもしれない。
「あんたみたいな運動不足の中年男と一緒にされるとは心外だな…。」
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