序章

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  その声の冷たさと、段々と近づいてくる靴に、マスカーニは青ざめ、今にも逃げ出したい衝動に駆られた。 しかし、逃げ出そうにもそんな体力、彼にはもう、到底残ってはいない。 「なぁ。」 闇からの問い掛けに、マスカーニは体を震わせる。 一歩また一歩、と靴は踏み出し、マスカーニへと着実に近づいてくる。 「今、『何でおれがこんな目に』って思ってるだろう?」 ついにマスカーニの目の前へと迫った声に続き、マスカーニの眼前へと、何かが突き付けられる。 それに怯え、マスカーニは地面へと尻餅をついた。 「なっ。」 「そんなにこれが珍しいか?」 暗い中、それでも鈍く光るそれを軽く掲げながら声が言った。 そして、カチリ、と何かを外すような音がして、そのぽっかりと開いた口が再びマスカーニへと向けられる。 「助けてくれっ!!  おれはっ…。」 どうにかこの状況から逃れようと声を上げ、マスカーニは自分を庇(かば)うかのように腕を上げた。 彼の瞼が視界を覆ったとき、上で、小さく鼻で笑う音がした。 「あんたには自分の罪、過ちが解るか?」 終わる、そう思った矢先の助かるチャンスだと、マスカーニは、首を必死に上下させる。 ただ、彼は命が惜しく、こんなところで終わりたくなかった。 「おれが悪かった!!  だから命だけはっ…。」 「そうか、じゃあ…。」 「助けてくれるのか!?」 声の出した答えにマスカーニは顔を上げる。 しかし、開いた瞳に移ったのは、先程と何ら変わらぬ光景だった。 「bye….  Rest in peace.」 静寂を破るよう、ドゥン、という音が響いた。 続いてばたりと何かが倒れる音がした。 彼が最期に見たのは、闇に浮かぶ満ちた月だった。  
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