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「それにしても酷いですよね。
本当に。
一体誰がこんなことをしたんでしょうね…。」
何時の間に立ち上がったのか。
グレッチェルの隣りに立つ、幾分か顔色が良くなった青年が、そう口にした。
その視線が、人混みの中消えて行った担架に向けられているのは明白で、その疑問の言葉は、今回起きた殺人事件へと向けられているのもまた、明白だった。
「それは誰か、でしょうね。」
警官が野次馬を掻(か)き分ける為、張り上げている声を聞きながら、グレッチェルはそう答えた。
その答えに、青年がそんな当たり前のことを言わないで下さいよ、と怒ってくる。
「大体、こんな手掛かりが少ないんじゃ、犯人なんて見つかりっこありませんよ。」
そう絶望的な声を上げると、青年はまたしゃがみ込んでしまった。
「『現場に残された証拠を元に犯人を見つける』。
それが私達の仕事ですよ?」
「そりゃあ、そうですけど…。」
諭(さと)してやると、縋(すが)るような目で見詰められ、グレッチェルは困ってしまう。
大体、ろくに捜査も行っていない今。
確実な証拠が既にある方がおかしいのだ。
グレッチェルは呆れ、首を振りながら白い手袋を外した。
「グレッチェル警視、お疲れ様です。」
背後からの声に、グレッチェルが視線を移すと、そこには彼の馴染みの顔があり、グレッチェルもそれに応えた。
「レイモンド巡査部長、お久しぶりですね。」
グレッチェルがにこり、と微笑みながら言うと、不謹慎です、とレイモンドがそれを窘(たしな)める。
堅い所は今も変わっていないらしい。
そんなことを思いながら、すみませんとだけ言うと、グレッチェルは早速気になっていたことを訊いてみることにした。
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