1章 1∥ initium

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  「それにしても酷いですよね。  本当に。  一体誰がこんなことをしたんでしょうね…。」 何時の間に立ち上がったのか。 グレッチェルの隣りに立つ、幾分か顔色が良くなった青年が、そう口にした。 その視線が、人混みの中消えて行った担架に向けられているのは明白で、その疑問の言葉は、今回起きた殺人事件へと向けられているのもまた、明白だった。 「それは誰か、でしょうね。」 警官が野次馬を掻(か)き分ける為、張り上げている声を聞きながら、グレッチェルはそう答えた。 その答えに、青年がそんな当たり前のことを言わないで下さいよ、と怒ってくる。 「大体、こんな手掛かりが少ないんじゃ、犯人なんて見つかりっこありませんよ。」 そう絶望的な声を上げると、青年はまたしゃがみ込んでしまった。 「『現場に残された証拠を元に犯人を見つける』。  それが私達の仕事ですよ?」 「そりゃあ、そうですけど…。」 諭(さと)してやると、縋(すが)るような目で見詰められ、グレッチェルは困ってしまう。 大体、ろくに捜査も行っていない今。 確実な証拠が既にある方がおかしいのだ。 グレッチェルは呆れ、首を振りながら白い手袋を外した。 「グレッチェル警視、お疲れ様です。」 背後からの声に、グレッチェルが視線を移すと、そこには彼の馴染みの顔があり、グレッチェルもそれに応えた。 「レイモンド巡査部長、お久しぶりですね。」 グレッチェルがにこり、と微笑みながら言うと、不謹慎です、とレイモンドがそれを窘(たしな)める。 堅い所は今も変わっていないらしい。 そんなことを思いながら、すみませんとだけ言うと、グレッチェルは早速気になっていたことを訊いてみることにした。  
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