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「レイモンド巡査部長は、引き続き調査をお願いします。
貴方は…聞き込みをしてきて下さい。」
青年へと視線を移したグレッチェルは、未だに彼の名前を思い出せぬまま、そう指示を出した。
そして、青年が歩いていったのを見計らってレイモンドを掴まえると、彼に問い掛ける。
「先ほどの青年、彼の名前、分かりますか?」
耳打つグレッチェルを迷惑そうに見返しながら、レイモンドは呆れた、とでもいうような表情を作った。
「またですか?」
「生憎、私は人の名前を覚えるのが苦手なんですよ。」
悪びれる様子なく言ったグレッチェルを一瞥(いちべつ)すると、レイモンドは、一度青年へと眼を移し、口元に手を当てそっとグレッチェルへと告げる。
「ファーストネームまでは分かりませんが、彼は確か『カーター』ですよ。」
「そうですか…ありがとうございます。
いつも迷惑をかけてすみませんね。」
全くあんたはいつも、などとレイモンドに文句を言われつつも、グレッチェルはもう忘れないよう、その名を心の中で反芻(はんすう)する。
小言を言われ慣れてはいるが、それが面倒かどうかは別の話だ。
それに、名前も覚えていないなんて部下に面目(めんぼく)が立たない。
「これからは忘れないようにして下さいよ。」
そう言うと、レイモンドは今度こそ本当にグレッチェルから離れ、現場に残されているであろう事件の痕を探し始めた。
グレッチェルはと言えば、未だに青年の名を繰り返していた。
綺麗な秋晴れの空の下、事件は発覚した。
それに憂鬱な気持ちを吐き出すよう、グレッチェルは溜め息を吐いた。
空が綺麗なことが、彼の気持ちを更に消沈させたことは言うまでもない。
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