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春特有の柔らかな青空の下。
一人の少年が歩いていた。
この時間帯は、同じ歳の人々が勉学に励んでいるはずだ。
しかし、少年は全開した学ランと派手なシャツを着こなし「そんなの関係あるか」と歩く。
己はまだ遠い大学受験に向けて勉強したくもない。
ただそれだけである。
それを宥めるように、風は少年の柔らかい黒短髪を桜の花びらと一緒に泳がす。
葉と葉が擦り合う音が心地が良かった。
彼は萌え出た芽を踏みつけて、のんびりと散歩を楽しんでいた。
「ついに見つけた……。」
満開の桜の海に黒い影があるのを知らずに。
「なげきみち?」
少年は土手に堂々と建つ『嘆キ路』と達筆に彫られた石碑を読んで、首を傾げる。
彼の勉学は国語しか取り柄がなく、それ以外の教科は全く駄目なのである。
歴史も疎いので、この場所がなんなのか検討も付かない。
「ここはな…お前と似たような格好をした人間と、あの時の主流だった格好をした人間が大勢赤い花びらを舞わせて喧嘩していた所じゃ。」
「!!お前どこか……。」
突然、薄桜色の着物を着た女性が、少年の隣に話し掛けた。
彼は驚き一重の切れ長の双貌で睨もうとしたが、彼女が映し出された女の睫毛は短く、澄んだ黒曜石の様な特徴のない瞳に吸い込まれたからである。
「なんじゃ?その問い方は?貴様はそれでも武士か!!」
「……時代劇?つーかテメェ何モンなんだ?」
「これだから…人間は名指しで聞かれる。私は名も無いのだよ。」
彼女は可愛らしく首を傾げ苦笑する。
「俺は稲橋正也ってんだ。お前は」
「そうだな…私は人間達に桜と呼ばれている。」
「桜…さっきの説明分かりやすく言ってくれねぇ?」
正也は「こいつ桜の精霊かよ」と思い頬を紅潮に染めながら、先程の説明について要求した。
「分かった、ではその木に触るがよい。」
桜は宙に浮いて、指差した桜の木まで向かいそう言う。
「これか?」
正也は戸惑いもなく、それの幹に優しく触れた。
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