2人が本棚に入れています
本棚に追加
眼前に広がっていたのは元の見慣れた景色だった。
正也は膝を付き呆然とする。
激動の風景を見たせいなのか、しばらく放心状態に陥っていた。
「これが証拠だ…、酷だがこれが事実だ。」
桜は哀しそうな瞳で彼を宥めようとするが効果は全くない。
風が通りすぎる音。
鳥達の囁くような唄。
遠くから排気ガスを遠慮なく撒き散らす車の音。
土手には音しか広がっていなかった。
「あ、これが例の煙管じゃ…。」
桜は口を開いて、正也に煙管を渡した。
さらに年期の入った煙管はますます金属部分が剥げている。
「あぁ……大事にする。」
正也は悲しそうに目を細め。
死に際で託した正彦の気持ちを無駄にしないよう、ぎゅっと煙管を強く掴んだ。
強い風が正也の間を通りすぎた、桜の花びらは粉雪の如くふわりと風に遊ばれて舞い散る。
「桜……ありがと…」
屍が転がる風景はショッキングだったが、先祖に会わせてくれた桜に礼を言うとするが、言葉が続かなかった。
彼女の姿はどこにも見当たらない。
さらに彼女である木も生えていない。
いや生えているのではない、痛々しい焦げ痕がある切り株だけが生えていた。
恐らく<彼女>は運悪く雷に直撃し、燃え朽ちてしまったのであろう。
「……帰ろう。」
彼は学生ズボンのポケットの落とさぬよう奥深くに煙管を入れ、そう呟くと家路へと向かった。
最初のコメントを投稿しよう!